75年目の8月6日

母と一緒に・・・

未だ夜が明けきらない時間から行って来ました

スタッフの方々が配置確認をしている時間から・・・

75年目の8月6日はいつもと少し違う雰囲気でした

ソーシャルディスタンスのせいでしょうか?何時もならパイプ椅子がこれでもかっ!という程並んで、式典が始まる時間には倒れてしまうのでは無いかと思う程の熱気です。

今年はコロナの影響から参列者もかなりの数を制限しているらしく、遺族席に座れる筈も無く、ましてや今の母には無理な体調の為早い時間に行って来ました。

慰霊碑に手を合わせ死没者名簿に記載されている祖父に『来れたよ』・・・と報告・・・そうしてるうちに思い出しました!幼い頃、母に連れられて毎年の様に式典に参列していたことを!

幼い私には暑くって、何だか息苦しい時だった様に今思えば感じる時間でした。 歳を重ねると変わるものですね~・・・慰霊碑に手を合わせた時に涙が出そうで感情を抑えるのが大変でした。

75年の重みなのか、私にとってみれば母とこうやって8月6日に慰霊碑に手を合わせる事が後何年あるか判らないせいなのか・・・

手を合わせようとした時に一斉にカメラのシャッター音が聞こえ、報道のカメラがこちらに向いた様な気がします。私たちはどう映ったのだろう・・・図り知る事はできませんが、どちらにせよ・・・少なくとも私たち親子には、慰霊碑前で手を一緒に合わせれたことは大切な時間だった様に思います。

来年も母の手を引いて8月6日に来れます様に・・・とそんな一日でした。

エシェル 矢野由美子

追伸・・・

そしてタイミングが良いのか悪いのか・・・一瞬にして報道陣に囲まれ取材を受けるはめになった母・・・苦笑 

まぁこれも何かの記念です! 多分明日の朝・・・どこかの新聞に母の名前と・・・ついでに私の名前が載っている事と思います(笑)